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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4166号 判決 1991年3月28日

原告 山田義彦

右訴訟代理人弁護士 佐々木秀一

被告 山本勝

右訴訟代理人弁護士 柏原晃一

花沢剛男

主文

一  被告は原告に対し金一二七一万三二五〇円及びこれに対する平成元年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

理由

一  請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁について判断する。

1  抗弁一及び二の事実は当事者間に争いがない。

原告は小松恒一も連帯保証人であつたと主張するが、これに符合する原告本人尋問の結果は証人山崎哲雄の証言及び被告本人尋問の結果に照らし採用することができず、甲第一ないし第三号証の各二もこれを認めるに足らず、ほかに右事実を認めるに足りる証拠はない。

2  ≪証拠≫によると、抗弁三のとおり、被告及び山本カ子が昭和五三年一〇月二五日共同して訴外会社の訴外金庫に対する四一七七万四〇〇〇円の債務を代位弁済したことが認められる。

原告は、右債務は訴外会社が被告及び山本カ子から借入れて自ら訴外金庫に弁済したものであると主張する。そして≪証拠≫によると、訴外会社の第五六期決算報告書には借入先を被告外一名として五二五九万一一七六円の借入金の記載があることが認められる。しかし、≪証拠≫によると、当時訴外会社の経理業務を担当していた山崎哲雄が代表取締役である被告と相談した上、会社の経理処理上個人からの借入金を起こさないと返済処理が帳簿上できないということからそのように記載したもので、その趣旨は、被告及び山本カ子が訴外会社の債務を訴外金庫に返済し訴外会社に対して求償権を取得した結果訴外会社は同人らに対し債務を負うことになつたので、これを訴外会社の被告らに対する借入金として処理したというのであることが認められる。したがつて、右乙号証の記載は、被告の主張を支持するものとはいえず、前記認定を左右するものではない。そのほか前記認定に反する原告本人尋問の結果は採用することができない。

そうすると、被告及び山本カ子は原告に対しそれぞれ六九六万二三三三円の求償権を取得したことになる。

3  ≪証拠≫によると、抗弁四のとおり、被告及び山本カ子が原告の依頼により昭和五四年一月三一日までに原告が訴外会社に負担していた二五二万四三五七円の借入金債務と被告らが訴外会社に対して有していた求償金債権とを相殺処理して原告の右債務を完済したことが認められる。

右認定に反する原告本人尋問の結果は、あいまいな点が多く採用することができない。

そうすると、被告及び山本カ子は原告に対しそれぞれ一二六万二一七八円の求償権を取得したことになる。

4  被告本人尋問の結果によると、抗弁五の事実を認めることができる。そうすると、被告は原告に対し一三九二万四六六六円の求償権(甲求償権)及び二五二万四三五六円の求償権(乙求償権)を取得したことになる。

5  以上のように、甲求償権及び乙求償権の発生並びに原告による訴外金庫に対する昭和六三年九月三〇日の代位弁済(相殺適状日)の事実が認められる結果、被告は原告に対し抗弁六及び七記載の民法所定年五分の割合による利息債権(甲利息債権及び乙利息債権)を取得したものと認められる。

被告は利息債権の発生を争うが、本件全証拠によつても特に無利息とする合意が成立した事実を認めることはできないから、法定利息の発生を否定することはできない。

6  抗弁八、九記載のように被告が相殺の意思表示をしたことは、本件記録上明らかである。

三  再抗弁について判断する。

1  原告は甲求償権及び甲利息債権について商事消滅時効を援用するので、他の再抗弁についての判断はしばらく措き、まずこの点について判断する。

被告は商人ではないが、本件保証の主債務者である訴外会社が商人であり、訴外会社の訴外金庫に対する債務についての被告及び山本カ子の連帯保証が訴外会社の委託に基づくものであることは、既にみたところから明らかである。

ところで、委託に基づく保証においては、保証人自身が商人でなくても、主債務者が商人である限りその保証委託行為が主債務者の営業のためにするものと推定される結果、保証行為の当事者双方に商法の規定が適用されることになる。そして、前記求償権が、被告において右保証委託契約の履行として保証人の立場で主債務者に代つて弁済したことにより生ずるものであること、及び「商行為ニ因リテ生ジタル債権」につき短期消滅時効を定める商法五二二条の規定は迅速結了を尊重する商取引の要請によつて設けられたものであることを考えれば、商人でない被告のした弁済行為自体は商行為に当たらないとしても、右求償権は、結局、商法五二二条のいわゆる商事債権として短期消滅時効の適用を受けるものと解するのが相当である。

被告は、商人である主債務者の委託のみならず、共同連帯保証人である原告の委託もあつた場合に初めて原告に対する関係においても商法の適用があると主張するが、前記の商法五二二条の設けられた趣旨に照らすと、このような考え方は採用することができない。

本件において被告及び山本カ子が訴外金庫に代位弁済したのが昭和五三年一〇月二五日であることは抗弁三についてさきに認定したとおりであり、同日から起算して満五年である昭和五八年一〇月二四日が既に経過したことは明らかである。

したがつて、甲求償権は商事消滅時効により相殺適状前の昭和五八年一〇月二四日の経過をもつて消滅したものというべきであり、その結果、甲利息債権も時効により消滅したことになる。

そうすると、甲求償権及び甲利息債権については、その余の再抗弁について判断するまでもなく、被告の相殺の抗弁は理由がないことになる。

2  次に、乙求償権及び乙利息債権について、原告は、被告がその行使をすることは権利の濫用に当たり許されないと主張するので、この点について判断する。

被告が訴外会社の代表取締役であるとともに主要株主であつて、その経営に関し大きな責任を負い、実質的オーナーであること、一方、原告が本件代位弁済をし、これにより訴外会社が訴外金庫から棚上げ債務約二億円の免除を受けたことは、前示のように当事者間に争いがない。したがつて、被告は原告の代位弁済により多大の利益を受けたものと推認することができる。

また、原告が訴外会社の借入につき自宅を担保に入れるなどして訴外会社の経営に協力して来たこと、被告が一〇年近くにわたつて乙求償権及び乙利息債権を行使しなかつたことは、当事者間に争いがない。

しかし、前記二1、2にみたように、被告は訴外会社の借入に際し自宅の土地建物を担保に提供し、またこれを売却して訴外会社の借入金を返済したのであり、被告自身経営者として相応の負担を甘受しているとみることができる。

他方、≪証拠≫によると、原告は昭和四三年ころから昭和六三年に解散するまでの間、長期にわたり訴外会社の取締役を務めたばかりでなく、昭和五九年四月ころ及び昭和六〇年四月ころには代表権を有する専務取締役であつたことが認められる。したがつて、原告も訴外会社の経営については重大な責任を有していたものというべきである。

原告は、被告が訴外会社に対する原告の求償を妨害したと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。かえつて、≪証拠≫及び弁論の全趣旨によると、原告が本件代位弁済をした当時、訴外会社は経営破綻によつて会社整理中であつたことが認められるのであり、このことからすると、原告は本件求償権を他の債権者に先駆けて確保しようとして目的を達しなかつたものと推認することができる。

更に、訴外会社の借入について原告の自宅の土地建物が担保に提供されていたことはさきにみたとおりであり、そうすると原告は本件代位弁済をすることによつて原告自身自宅を確保することができるという利益を有していたということができる。

被告が一〇年近く乙求償権を行使しなかつたからといつて原告に対しこれを免除ないし放棄したとみることはできないし、その事実を認めるに足りる証拠はない。

以上の事実関係の下では、被告の乙求償権の行使が権利の濫用に当たるということはできず、この点に関する原告の主張は採用することができない。

四  以上の次第で、原告の請求する求償金は被告の乙求償権及び乙利息債権の合計三七四万四〇八八円の範囲で相殺により消滅したことになり、本訴請求は、その残余である一二七一万三二五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年四月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は理由がないから棄却する

(裁判官 新村正人)

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